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2011年10月10日 (月)

昔は……

今日は甲冑を写させていた大名家のお話をしましょう( ´ ▽ ` )ノ

昔から各、大名家は先代の甲冑を写させて製作していました。

これは先代藩主の武功(戦での手柄)
に習い、自身も先代の様に武勲や功績を上げたいが為であるとされています。

江戸大名においては藩祖や草創期の藩主が戦陣において使用した甲冑等は神格化され、権威の象徴にもなりました。

全てを写させたり、立物(兜の前の飾り)
等特徴のあるパーツの写しを後代の藩主の着料として製作させている例が多くみられます。

歴代藩主全員の場合もあれば、一部の藩主に限った場合もありました。

有名な家柄で例をあげるなら、

将軍家
徳川家康の着料である甲冑、
大黒頭巾形兜(だいこくずきんなりかぶと)で有名な歯朶具足(しだぐそく)。


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福島藩主
黒田家の初代着料の写し。


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彦根藩主
井伊家の天衝(てんつき)「金の角」の脇立物。


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熊本藩主
細川家の山鳥の尾の頭立物。

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松江藩主
松平家の板屋貝の大前立。


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岡崎藩主
本多家の鹿角の立物。


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等、様々な写しがあります。

徳川家康の歯朶具足においては幕府の重宝とされ、四代将軍家綱以降歴代の将軍家は、この具足の写し、

正式名称「御写形御召御具足」(おうつしがたおめしおぐそく)

を作らせており、現在では19領が確認されています。

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